えっ? ない。 どこ、どこ?
あちらを探しても、こちらをひっくり返しても、ない!
亡くなった父がくれた最後の贈りもの、
姉たちと三人お揃いの大事な指輪をなくしてしまった。
父がいて欲しい場所、たとえば晴れの日や
母や姉たちと揃って出かける日には必ず身につけてきたのに。
デパートの宝石売り場で一緒に選んだ日の
父の満足そうな笑顔を今でも思い出すことができる。
ショックで呆然、椅子に座ったきりロッテの板チョコをバリバリ。
味も分からないまま、1枚ぜんぶ食べてしまった。
気がつけば、夕方。
歩いて来ようと家を出たら、空に木星と金星と三日月。
なくした指輪の金と銀とダイヤモンドのようにきらめいていた。
歩きながら、今更にように父が恋しかった。
寡黙な背中がどれほど娘を思ってくれていたことか。
身勝手な娘は最期まで甘えて、老いた父を十分にいたわりもせず。
作家有島武郎が、子に寄せて書いた一文がある。
「お前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、
あるいはいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだ」
必要なものを父は十分に与えてくれ、
人を信頼し、それと同じだけ自分を信頼できる
幸福な人間に育てあげてくれた。
自分もそういう親であらねばと、自省。